江戸時代末期、欧米列強の脅威に対して、萩藩は自前の大砲や軍艦を作ろうとしていた。恵美須ケ鼻造船で建造した第1号が洋式木造帆船「丙辰丸」。この丙辰丸のいかりや舟釘などになる鉄を供給したのがこの「大板山たたら遺跡」だ。日本の近代化を目指した先祖たちのモノづくりの熱い思いが伝わってくる。

先日帰省した際そこを訪ねた。県道から分岐し、途中からは離合も難しいような小さな曲がりくねった道を約2キロ、ようよう駐車場にたどりつく。私が行ったのは平日だったので他に車はいない。簡素に整備された看板をたよりにこの地を歩いた。


 高殿(中心施設の製鉄炉)
 遺跡入口
鉄池(製鉄炉で作られた鉄の塊を水で冷やす)

ここは昔、祖母が花柴(しきみともいう)を切り、盆、暮れ、彼岸に近くの港町に売りに行っていた。
売れたら少しだけ私にお小遣いをくれた。私もそこでカナクソを拾って遊んだことがある。懐かしい地名である。

ただし観光地化するには多くの課題がある。まず道路は小型車なら離合できるように、駐車場の整備、トイレの整備など。特にトイレの整備は急ぎたい。なぜならその先には地元の方たちの水源である山の口ダムがあるからだ。決して自然放水してはいけない。
 また小さな山道は地元の方の生活道でもある。地元優先の気持ちで譲り合おう。

2015/5/5 up

昨日から急にマスコミが騒ぎだしました。私の出身地の遺跡が世界遺産となるとのことです。

私の出身地、今は萩市の紫福村だ。「しぶき」と読ませる。人口は1950年には約3200人いたが今現在は約950人。私も引き算している一人だ。

「大板山たたら遺跡」、砂鉄を原料に、木炭を燃焼させて鉄を作っていた江戸時代の製鉄所の跡だ。この山にある樫の木やなら木で作った良質の木炭と砂鉄を炉に入れ、ふいごで風を送り火力を高めた。この時使用した炉を「たたら」という。